171.浅草の喧噪を逃れ、簑笠庵の肴でゆったりと呑む。

簑笠庵

 浅草寺の雷門は住所では、雷門通りを挟んで台東区浅草になる。地名での雷門は駒形と寿に囲まれた一角で、浅草仲見世通り周辺の喧噪とは裏腹に実に静かな通りが多い。地下鉄田原町駅に程近い田原町小学校の辺りも夕方頃になると子供達の声も消え、静かな時を刻み出す。
 子供達が帰る頃、小学校に隣接した小さな通りに銀鼠色の暖簾が下がる。丁度今から一年前に此処に店を構えた『雷門 簑笠庵』は、実に居心地の良い酒場だ。元々人通りの少ない通りだから、この場所に酒場が出来た事を知らない方も多い事だろう。たまに通りかかる人の中には蕎麦を求めて暖簾を潜る輩も多々居るのだ。
 暖簾に染め抜かれた店の名は、“さりゅうあん”と読む。大抵は、みのかさあんと読むが、これも仕方あるまい。店主は、唐の古い詩人柳宗元の漢詩「江雪」の一節〈孤舟簑笠翁〉を引用して名付けたのだから。簑笠を着けた老人が雪の降る川で独り舟に乗り釣りをしている光景を読んだ詩だ。この詩はすべて対句で構成されているのだが、此処の主人はカウンター越しに客との禅問答でもしようと考えたのだろうか。
 否、簑笠庵は強面の顔からは想像が付かない程、満面の笑みで客を迎えてくれる居酒屋だ。酒の肴も素晴らしいが、何より旬の魚を一番美味い喰い方で料理してくれるのが嬉しい。主人と女将が二人とも酒好きだからこそ、酒に合うとびきりの品を次々と造ってくれるのだ。
 秋は露地で啼く虫の音で一献つけるも好し、冬場は奥の小上がりで囲炉裏の火を眺めながら燗酒も良い。居心地が良過ぎて時が過ぎるのを忘れてしまうほど、愉しく呑める。但し、三社祭の時だけは、人をかき分けないと辿り着けないのだ。開店一年にして老舗の風格は此処の主人の賜物だろうか。
雷門 簑笠庵 台東区雷門1-5-9 いさよビル一階
03-5830-7677