170.外神田「花ぶさ」で変わらぬ昭和の味に酔う。

cafegent2009-09-28

 池波正太郎の時代劇を読むと江戸の頃の町の風景が頭に浮かぶ。「健脚商売」を読んだ後には、無性に浅草など隅田川界隈を歩いてみたくなる。「鬼平犯科帳」にも雑司ヶ谷など登場し、訪れる度に鬼平を思い出す。また池波小説には、必ず美味そうな食事や酒が登場する。
 時代小説から池波正太郎ファンになり、次第に作家本人に興味を抱く様になってからは、片っ端からエッセイなどを読み漁った。中でも「男の作法」は社会人になりたての頃に読み、僕の密かなバイブルとなり、幾度となく読み返した。「銀座日記」では、歳をとったらこんな粋な爺ぃになりたいと思ったものだ。
 小説を書く合間に映画や芝居に出掛けていた氏が、殊の外好きだったのは「美味い物を食う」ことだったのだろう。「散歩のとき何か食べたくなって」を読んだ時は、東京にはなんて美味い物を喰わす店が多いのだろう、と思ったものだ。
神田「まつや」の蕎麦や浅草「ヨシカミ」のオムライスは、若かった僕でも気軽に通うことが出来た。目黒の蕎麦屋「一茶庵」は残念ながら店を閉じてしまったが、下足番の居た佇まいが今も懐かしい。
 人生の半世紀を迎え、漸く僕も怯むこと無くどんな店の暖簾もくぐれる歳になった。外神田の「花ぶさ」は、池波正太郎が大変気に入って通っていた料理屋だ。大女将の佐藤雅江さんは今も時折店を手伝っているが、昔話を伺いながら酒を呑むのは実に愉しいひとときだ。此処は実に丁寧な仕事ぶりで、カウンター越しに見ていてとても気持ちが良い。板場に立つお孫さんの造る名物「千代田膳」はお造りに始まり、煮物、揚げ物、西京焼などが綺麗に盛られた箱膳である。大の男でも、これだけで十分なボリュームなので、あとは酒を頼めば良い。
 改装後も昭和の風情を残しており、二階、三階の個室座敷には池波先生の書画が飾ってある。座敷を仕切る二代目女将の凛とした姿も雅江さん譲りだろう。一人ならばカウンターがお気に入りだが、是非とも上の座敷で句会など開きたいものだ。
御料理 花ぶさ 千代田区外神田6-15-5
03-3832-5387