169.九月の渋谷、「麗郷」の腸詰で故人を偲ぶ。

麗郷

 1970年代の終わり頃、毎日授業が終わると渋谷の街に繰り出していた。山手線を降りると、先ずは宇田川交番の脇を抜けてNHK裏の喫茶「ZOO」で珈琲を飲み、新しい音楽とファッションの情報、映画や本の話題等を収集した。そして、直ぐに街に探しに行くのが愉しみだった。
 当時は、百貨店の特設会場で輸入盤セールや古本市等々頻繁に開催していたし、掘り出し物も結構手に入れる事が出来たものだ。あれから三十年もの歳月が過ぎ、あの頃手に入れた物も可成り貴重な品になったが、レコードは殆ど再発化された。
 一通り渋谷の街を物色し終わると、映画を観に行くのだ。渋谷には沢山の映画館が在った。渋谷パレス座、東急文化会館の東急名画座、地階の東急レックス、道玄坂の渋谷文化などで二本立てを楽しんだ。たっぷりと暇な時間を潰したら腹が減るのだが、金が無い時は、百軒店の「喜楽」か宇田川町「金龍菜館」辺りで酒抜きの飯になるのだが、バイト代が入ると決まって道玄坂小路の「麗郷」へ行ったものだ。
 中学、高校と札幌で過ごした僕は、中華料理だって海老チリや八宝菜程度しか知らなかったし台湾料理などと言う物は、まるで未知の領域だった。
 先ずは蜆の醤油漬けを肴に生ビールから。そして、定番の腸詰めだ。香菜と一緒に食べれば何杯でもビールが呑めた。紹興酒はどんな料理にも合った。青菜炒め、白海老のボイル、豚マメ炒め、なまこの煮込みなんてのも実に美味い。
 この夏に亡くなった古い友を偲んで、好きだった此処を訪れた。恋文横丁も姿を消し、この界隈もすっかり様変わりをしたが、此処だけは当時のままの佇まいを残している。味も変わらず美味いが、マダムの変わらぬ姿を見た途端、急に泪が溢れそうになったナ。
麗郷 渋谷区道玄坂2丁目25-18
03-3461-4220