2.ボラーチョの生牡蠣を食べなくちゃ秋が来ない。
かつて山口瞳先生が「鉢巻岡田の鮟鱇鍋を食べなくちゃ冬が来ない。」と云う名言を残したが、僕の場合は松見坂の洋食屋『ボラーチョ』の生牡蠣を食べなくちゃ、秋が来ない、のである。もう、かれこれ三十年近くもこの店に通っているのだが、かつて潔白な独身時代はここが日々の夕飯処であった。その後、所帯を持ってからも回数は減ったが、年に何度かはここの料理を楽しんでいた。
今,再び一人者になってからは、通う回数もまた増えた気もするが。マッシュルーム・ガーリックにパンを浸し、赤ワインと共に食す。流行のバルなどに行かなくてもかつて旅をしたスペインを思い出させてくれる味だ。熱々のナスグラタンをフゥフゥ冷ましながら頬張り、洋食屋ならではのチキンカツや蟹コロッケも人気メニューである。深夜まで開いているので、ふらりと立ち寄ってワインにエスカルゴなどもすこぶる美味い。
だが何といっても、この店は家族や気心しれた仲間でワイワイと食事を愉しむのが一番だ。一人二人では、数多い名物料理を少ししか頼めないからである。そして、九月の後半からは殻付き牡蛎が入荷する。殻を開いたばかりの旬の牡蛎を冷たい白ワインで宴といきたい。小さな店内では、お内儀さんも変わらず元気に店を切り盛りしており、最近は娘さんも手伝っており観ていて微笑ましい。
僕も「食」に携わる仕事をしている訳だが、この店などに来ると原点に戻れる気がする。食事を楽しんでいる客々の笑顔とお店の方々の笑顔が重なり合うのだ。お内儀さんが忙しい合間を縫って、話かけてくれる。そんな時、温かい家族の食卓が浮かぶものである。さて、十月からお待ちかねの生牡蠣が始まるのだ。
旬の牡蛎の後は、ブイヤベースで冬のマルセイユ辺りへひとっ飛びしようか。
レストラン ボラーチョ 目黒区大橋2-6-18
03-3465-4452