14. 炭火の向うから男を鍛えてくれる牛赤身の名店、ハッチとノラ

ハッチとノラ

 井の頭線池の上駅の踏切を渡り、まっすぐ進むと左手に赤ちょうちんの灯りが見えてくる。その外観も格子戸を開けた店内の雰囲気も、まるで地元の焼き鳥屋風情だが、ここ「ハッチとノラ」は本格炭火焼きの牛肉専門店である。
 巷に多く在る霜降り牛崇拝に疑問を持ち、主人の渡辺厚水氏は、赤身の美味さを追求し続けている。氏は32年前に商社マンを辞め店を開き、牛の赤身が如何に美味いか追求し、現在までに270種類を越す料理を考案している。そして毎日、新しい料理が出るので、腹の減り具合で主人に任せるのが一番良い。
 主人は毎日芝浦で仕入れる新鮮な牛肉を備長炭で焼き、目の前で調理してくれる。狭い店ならではの迫力ある料理ショーなのだ。どうだ、これでもか、参ったかと云わんばかりに美味い料理を次々と作ってくれる。
 赤ワインが大好きなマスターは、料理に合うボルドーを厳選している。ワインも三千円か五千円で任せると良い。料理は最初の煮込みから唸る。モツ煮では無く牛全部煮込みだ。タン、軟骨、モツ、ロース肉等々がたっぷりで昆布ダシと黒胡椒が効いている。この時点でもう酒が進むのである。
 焼き場に立つ店主は、さながら牛肉のマエストロだ。いい塩梅に焼かれたハツの塊にバターがたっぷり乗り、目の前へ。そこへ、真っ赤に燃えた備長炭を一つ掴みその上に持って来る。炭の熱でバターがジュッと溶け、極上の一品となる。眺めているだけで唾液が出て来る筈だ。
 店主は皆から「マスター」と呼ばれ、慕われている。そして、男の客に大変厳しい。今までにいったい何度怒られただろうか。そして女性には真逆である。大変優しいのだ。まぁ、それだけお客を愛し、愛されているのだな。馴染みの連中は皆そうやって大人になっているのである。
本格炭火焼  ハッチとノラ 東京都世田谷区北沢1-43-14
03-3466-0282