15. ての字は、うなぎが庶民の味だった江戸の頃が伺える老舗だ。

ての字うな丼

 鰻の蒲焼きが無性に食べたくなる時がある。時間と金が許せば南千住の「尾花」か麻布台の「野田岩」まで出向く。江戸の風情に触れたければ、人形町「喜与川」か神田明神下「神田川」が良い。しかし、日々そう贅沢を云う訳にもいかないものである。
 昼時に気軽な価格で美味い鰻が喰いたいとなれば、先ず薦めたいのは愛宕、慈恵医大病院近くに構える「ての字 本丸」だ。ここは特定の産地を決めていない。季節毎に最高の活鰻を全国の養殖鰻屋から仕入れている。この店は昼時しか営業をしていない。活きた鰻を一階で捌いている。階段下で食券を購入し二階に上がると活気あふれる姐さんたちに案内され席に着く。ここに風情や高級感などと云うものは皆無だが、美味い鰻がちゃんと有る。ひつまぶしも美味いし、信長丼なる長葱との相性がいい丼も良い。
 創業文政十年、180年の歴史と云うのだから江戸徳川の時代から鰻を焼いている老舗である。文政の頃と云えば,平賀源内が「土用丑の日」を世間に広めた時期だ。随筆家の宮川曼魚の庶民随筆集「深川のうなぎ」の中で、嘉永元年(1846年)に刊行された「江戸酒飯手引」と云う小本には江戸にうなぎ屋が90軒、鮨屋96軒、蕎麦屋120軒在ると載っている。この中に芝金杉二丁目の海老屋鐵五郎なる名前が出ている。今の芝、金杉橋辺りだろう。海老屋が屋号なのだが、江戸の時代、仲間同士あだ名で呼ぶ流行りがあった。この鐵五郎も頭文字をとって「ての字」と呼ばれていたそうだ。長い歴史の中でいつしかあだ名の方が屋号として残り今も名店として残っているのだ。
 今日も大忙しで鰻を焼いている。この日は愛知県三河産であったが、脂のりも良くふっくら美味い鰻だった。
ての字 本丸 東京都港区西新橋3-19-12
03-3432-2564