16. ゼイタク煎餅の素朴な味と香りで遠い母を想う。

ゼイタク煎餅

 東京の街を散策していて、毎度々々お店を見つけると買ってしまう菓子がある。買ったその場で食べながら散歩したり、半分だけ残し家でのお茶受けに楽しむことも多い。それが「ゼイタク煎餅」なる仄かに甘い煎餅だ。子供の時分からの大好物で、もうかれこれ40数年も親しんでいる味である。
 人形町に店を構える「重盛永信堂総本店」が広く知られているが、この店の歴史など詳しいことは知らない。武蔵小山巣鴨の地蔵通り商店街や中延でも古くから営業をしており、その他にも都内に幾つもの出店が在る。この老舗の菓子屋は、「重盛の人形焼き」と云う七福神の顔を型どった人形焼きが余りにも有名だが、僕は断然こちらの「ゼイタク煎餅」の方が好みなのだ。
 材料も小麦粉、卵と砂糖と云うシンプルな生地に大豆や落花生、生姜なんかを入れて一枚一枚焼き上げている。中延の商店街に在る分店に行けば、目の前で焼いているところなども見れるので散歩の途中に立ち寄るのが楽しい。この店は人形町の総本店の暖簾分けらしくご主人も重盛さんと云う方だそうだ。
 卵がふんだんに使われた小判型の煎餅も美味いが、僕が一番好きなのは「格子」。砕いた落花生が入った格子のかたちの煎餅だ。煎茶にも珈琲にも合う素朴な味わいは、幼い頃の母の甘い香りに似ている気がするのだ。化粧っ気のない母が本当はどんな香りだったかなど判らない。それは遠い記憶と云うものだろうか、でも食べながらいつも母のことが浮かんできてしまうのだ。
 「ゼイタク煎餅」は本当に素朴なおやつ菓子なので手土産にすると云うよりは、自分の楽しみとして買うことが多い。この煎餅を頬張りながら、お茶を愉しみ、ゆったりとした時間を過ごす。こんな日々が一番のゼイタクなのだなぁ。
ゼイタク煎餅 重盛永信堂/中延分店 東京都品川区東中延2-6-17
03-3782-7175