34.仕事帰りの最初の一杯は、湯島EST!でマティーニがいい。

BAR EST!

 今夏、吉祥寺「George's Bar」のオーナー・バーテンダー佐伯譲二翁が永眠した。佐伯翁は、昭和28年、進駐軍下士官用クラブのバーを皮切りに数々のバーを経て、後輩バーテンダーを育成し、1995年に自身のバーを吉祥寺に開いたのだ。銀座「クール」の古川緑郎翁も4年前、88歳で現役引退してしまったし、今も現役の古参バーテンダーも数える程になってきている。其の中で、札幌のバー「やまざき」の山崎翁、銀座「キスリング」の吉田翁、渋谷「コレオス」の大泉翁はまだまだ元気にシェイカーを振っている。
 そしてもう一人、忘れてはならないバーテンダーが居る。湯島『EST!』のオーナー・バーテンダー渡邊師だ。湯島駅を上がるとすぐの露地裏にひっそりと佇むバーだ。ここは都会の喧噪をしばし忘れさせてくれる処である。
 エストの渡邊師は御歳74歳とのこと。銀座「キスリング」の吉田翁と同い年だそうだ。ここは盆暮れ以外無休で店を開けている。故にマスターも毎日カウンターに立ち、シェイカーを振るっているのである。その元気な姿は10歳以上若く見える。
 渡辺師は最初渋谷のバーで修行したそうだ。飲食店ならば喰うに困らなさそうだ、と思ったからだと伺った。その後、湯島の『琥珀』というバーで修行し、そこから独立したのがエストである。それにしても琥珀からこんなに近くに独立した店を出すなんて、当時大騒ぎにならなかったのだろうか。琥珀三島由紀夫が愛した店でも或る。湯島で時間が許せば、どちらも寄りたい名店だ。
 まず初めは、マティーニからだ。このカクテルはつまみにオリーブが付いているのがいい。空腹の胃に強い酒を流し込む前には何か口に入れる方がよい。二杯目以降は、好きなカクテルを頼むが良い。渡邊師のギムレットもすこぶる美味い。このバーはいつ訪れても同じ空気が流れており、たいそう居心地が良い。何も変わらないが、カクテルの味だけは訪れる度に美味しくなっている。渡邊師はここでシェイカーを降り続ける限り、日々精進しているのだから。
BAR EST! 文京区湯島3-45-3
03-3831-0403