62.冬の奈良町。お水取りを見た後は、ほっこりと蔵で熱燗を。

酒処蔵

 十二月は奈良の春日大社にて「遷幸の儀(せんこうのぎ)」なる神聖な祭りが行われた。寒さ厳しい深夜零時から真っ暗闇の中、宮司や巫女さんたちが列をなし若宮神を本殿よりお旅所の行宮(あんぐう)へと深夜お遷しする行事である。これに参列する者は懐中電灯も写真も許されず、ただ厳粛の闇の中でご神霊が降りてくるのを迎えるのだ。パチパチと火が跳ねる音と共に巨大な松明を引いて参道を歩く光景は幽玄だ。二月の東大寺のお水取りと共に欠かせない冬の行事なのである。星が天高く輝く午前1時になると、ご神霊がお旅所に入る。ここから「暁祭り」が始まり、大きな松の前で神楽、田楽、能楽などの奉納舞いが行われる。この松の木は「影向(ようごう)の松と云うのだが、神様はこの影向の松の前で巫女たちの舞う姿を観る事になる。
 全国の能舞台の後ろの背景には必ず大きな一本松が描かれているが、これが影向の松なのである。しかし、能舞台ではバックに松が在るために、これではご神霊にお尻を向けてしまうことにってしまう。しかし、松に向かって能を舞えば今度は観客に背を向けることになる。そこで、この松の事を「鏡の松」と呼ぶことになったそうだ。神様よ、決してそなた様に尻を向いて舞っているのではない、これは鏡に映っている後ろ姿の松なのだ、と云う訳なのだ。
 奈良町の猿沢の池から程近い光明院町に在る「酒処 蔵」は古い呉服屋だった所を改築した居酒屋なのだが、中々雰囲気も良く美味い焼き鳥を食わせてくれる。
 50年近く継ぎ足し続けてきたタレで煮込む「きも焼き」が絶品だ。きんかん(鶏の卵巣)なども一緒に入っており、濃厚な味わいながら熱燗が進むのである。
 冬の奈良を訪れたら、是非とも立ち寄りたい町の居酒屋である。
酒処 蔵 奈良県奈良市光明院町16
0742-22-8771