70. 東京に初雪。はち巻き岡田の鮟鱇鍋で寒い冬を味わう。

はち巻き岡田

 銀座松屋の裏にひっそりと佇む料理屋が在る。その店の名は「はち巻き岡田」と云う。東京の和食屋の殆どが関西割烹料理に押される中、ここは頑(かたくな)に江戸小料理の味を代々受け継いでいる。
 大正十二年九月一日の関東大震災は、マグニチュード7.9と云う凄さで東京の中心を一気に焼け野原にした。水上滝太郎の小説「銀座復興」は、この店の初代岡田がモデルである。
「イガグリ頭に豆絞りの手ぬぐいを兎の耳のようにおっ立てたはち巻きをし」、「むっつりとした赤面の、額にやけに深い横皺のある」亭主も小説に書いてある通りの人だったそうだ。
 水上滝太郎は一番のゴヒイキ旦那だと聞いたが、「はち巻き岡田」の暖簾には常連の諸先生たちの筆で四季の句が書かれている。
   雑炊を煮込むその夜のあられかな 川口松太郎
   春の夜の牡蠣小さくはしら大きくいみし 久保田万太郎
   夏の夜の浅き香に立て岡田碗 久米三汀
   うつくしき鰯の肌の濃き薄き 小島政二郎
 岡田の酒は「菊正宗」のこもかぶりの樽酒である。燗につけると香りが一層広がる。あっさりとした味の「岡田茶碗」に「粟麩田楽」など初代から受け継ぐ名物も変わらない。この季節は、「牡蛎の土手焼き」も美味しい。
 さて、ここの冬の名物と云えば「鮟鱇鍋」だ。二代目千代造さんの時代、この店を大変ヒイキにした山口瞳は、著書「行きつけの店」の中で「はち巻き岡田の鮟鱇鍋を食べなくちゃ、僕の冬が来ない」とまで言っていた。
 鍋をぺろりと平らげ、〆に雑炊を作ってもらう。これがまた最高に旨い。それにしても「鮟鱇鍋」は温まる。あぁ、これで僕の冬も到来だナ。
 店の中に、キリリとはち巻きをしめた初代岡田の写真が飾ってある。実に良い笑顔である。今、料理を造る三代目は僕と同年代であろう。初代岡田の無骨さは無く、とても優しい顔をしている。こう云う店がずっと変わらずに在って欲しいものだ。
はち巻き岡田 中央区銀座3-7-21
03-3561-0357