79.シンスケの炒り豆腐で呑む。重ねた年齢を振り返ってみた。

シンスケ

 若かりし二十代の頃、世の中はバブル経済真っただ中。原宿の外れ、雑居ビルの地下に随分と敷居の高いバーが在った。ガールフレンドを連れて訪れ、マスターに導かれるまま杯を重ねた。美しい骨董のグラスで次々と違うカクテルが作られる。若さが勢いの僕は見栄を張り、調子に乗って飲んだ事がアダになった。
 支払いの時にカードは使えず、金額がナント七万円弱である。携帯も無い時代、焦った僕は公衆電話から同僚に連絡し金を届けてもらう羽目になった。それにしても一体何を呑めばあの金額になるのだろうか、未だに不思議である。まぁ、尤もそう云う時代だった事だけは確かだ。
 その時の痛い経験から、僕は誰かに教わっても「先ず自分がその店に似合う分相応な歳になったら行くのだ」と決めた店が幾つか出来た。銀座の「はち巻き岡田」もそうだし、先月で閉じた「卯波」なども四十を過ぎたら行ける歳かな、と自分で決めていたのだ。
 さて、もう一軒そんな酒場が在る。湯島天神近くの居酒屋「シンスケ」だ。最近ようやく自分がここに腰を下ろしてもサマになる歳かなぁと感じるようになって来た。お通しと共にビアタンとお猪口が両方置かれるのだが、この時に背筋が凛としてしまうのだ。先ずはビールで顔が緩み、続いて酒。ねじり鉢巻きの親方がつける両関の樽酒が旨い。手で徳利の温度を測り良い塩梅の燗酒になる。この酒に合うのが「炒り豆腐」である。古い「暮しの手帖」なんかの頁をめくると出て来そうな懐かしい東京下町の味だ。
 先日、クーネルの岡本さんが「芸術新潮」にここを紹介していたので、久しぶりに訪れた。程よく酒を愉しんでいると、親方が大きな升から節分の豆を振る舞ってくれた。こんな心遣いが、また大人を魅了するのである。
シンスケ 文京区湯島3-31-5
03-3832-0469