83.雪の日は、家でのんびり懐中汁粉でも味わうか。

甘泉堂懐中汁子

 子供の頃、冬の寒い日に食べたくなるのがお汁粉だった。小豆をコトコトと煮て作る汁粉が大好きなのだが、そう頻繁には作ってくれない。
 テレビ黎明期の昭和40年代、チャンネルを回すと林家三平が登場し「お餅も入ってベタベタと、甘くてどうもスぃませ〜ん!」とあの得意のポーズを決めていた。これは「渡辺のお汁粉の素」と云う駄菓子のCMだったが、今でも覚えている。  
 この粉末汁粉に本物のお餅なんて入っている訳が無い。湯呑みに入れ、お湯に溶いて頂くのだが、ベタベタなどしないカスみたいなモンがプカプカ浮いているだけなのだ。湯呑みに口を付けると、吐息でそのカスがフワフワと対岸の向こう端まで流されて行ってしまうのであった。
 十数年前、とても上品な懐中汁粉を土産で戴いた事があった。京都から出て来た知人が「自分も好物なので」と持って来てくれたのが「甘泉堂」の懐中汁粉だった。
 京都は四条通りを八坂神社の方へ歩くと祇園である。「何必館京都現代美術館」の角を曲がるととても細い路地に出る。京都人は「ろーじ」と呼ぶこの細い通りに創業120余年の老舗和菓子店「甘泉堂」がひっそりと佇む。本当に「ひっそり」なので驚いてしまうのだ。
 ろーじに面したガラス戸の中には評判の「栗むし羊羹」や四種類の餡が入った銘菓「とりどり最中」などが並んでいる。「ご免下さい」とガラス戸を開けると年老いた女将さんが出て来てくれる。自分用に「栗むし羊羹」を買い、土産には日持ちのする「懐中汁粉」を買うのが、ここ数年京都の旅の恒例になっている。
 雪降る日、お椀に溶いた甘泉堂の懐中汁粉は、遠い昔の粉末汁粉とはまるで違う上品な深い味わいなのであった。
甘泉堂 京都市東山区祇園東富永町
075-561-2133