127.三金のカツ丼が無償に食べたくなる。此れ「普通の味」の強みだ。

三金

 四谷見附の交差点、「とんかつ三金」はいつもと変わらぬ風情で其処に佇む。
 僕が初めて此の店を訪れたのは1982年頃だっただろうか。当時、勤めていた会社が季刊誌を出版しており、毎号直接書店に置いて貰っていた。三ヶ月毎に新刊が出来ると、取り扱い書店に納品し、前号の返品回収をして廻った。
 四谷見附の交差点近くに在った「文鳥堂書店」に行った帰りには、必ず信号を渡った処に在る「とんかつ三金」で腹ごしらえをするのが愉しみだった。
 此処は、とんかつ一筋50年と云う老舗である。入り口を飾る食品見本のショーケースも店内のインテリアも昭和レトロと云うよりは、其のちょっと後の1970年代から80年代のいい感じのダサさを残し、妙に落ち着く。一人で訪れても、きちんと制服を着たウェイターがおしぼりと共にサッとスポーツ新聞を持って来てくれるので嬉しい限り。
 さて、肝心のとんかつだが、ヒレもロースも申し分無く美味しい。福島県白河高原の無菌豚を使っているので、脂身がしつこく無いそうだ。浸け合わせのキャ別もしじみの味噌汁もお替わり自由で、当時働き盛りの僕には打って付けの店だった。
 僕が此処で一番好きな品は、ロースカツ丼だ。玉葱、揚げたてカツを煮る割り下の濃さも卵のとじ方も昔ながらの東京の味なのだ。三金は別に特筆すべきカツ丼の名店では無い。其れなのに此の数十年もの間、カツ丼が喰いたいと思うと此処が脳裡に浮かぶのだ。
 何も変わらない味とは、訪れる度に懐かしさが倍増して居るのだろうか。此の日も大変満足した四谷の昼飯となった。
とんかつ三金 新宿区四谷1-2
03-3357-0331