129.100年前、夏目漱石が食べた味、松栄亭の洋風かきあげで呑む。

松栄亭

 神田淡路町須田町界隈は今も辛うじて古き良き時代の風情を残している。神田薮蕎麦、竹むら、ぼたん、いせ源など老舗は未だ健在だが、其のすぐ近くに巨大な高層ビルが建設中で街の景観もすっかり変わって仕舞うのだろう。洋食の老舗「松栄亭」の廻りも空き地が目立って来た。 
 洋食の「松栄亭」も6、7年前まではまだ創業当時の可成り古い建物で営業をしていたが、今は綺麗な建物に様変わりした。池波正太郎の名著「散歩のとき何か食べたくなって」の中に、昔の店の前に立つ池波さんが写っていた筈だ。
 其の本で知った訳だが、此処は初代店主の掘口岩吉さんが東大教授として招聘されたドイツの哲学者フォン・ケーべル博士の専属料理人をして居た時の事。まだ学生だった夏目漱石が予告無しに突然ケーベル邸を訪れた際に『何か、めずらしいものを、すぐにこしらえて出して下さい、とケーベルにいいつけられたが、突然のことで何の用意もなく、仕方もなしに冷蔵庫の中の肉と鶏卵を出し、小麦紛をつなぎにして塩味をつけ、フライにして出したところ、これが大好評だった。のちに初代が現在の地で開業をしたとき、これを洋風かき揚げとしてメニューの中へ加えたについては、そうした由来がある。』と記されている。
 此の「洋風かきあげ」は、其れから100年以上経った今も壁のメニューに載っている。漱石が食べた料理と変わらない開業当時の味を3代目のご主人が受け継いでおり、古き良き時代を思い描きながら食べる幸せ。
 安くて旨い洋風かきあげをアテにビールを飲み、オムライスかカレーライスで〆る。たまにはこんな食べ方で、池波正太郎の世界を堪能するのもオツなものだ。
松栄亭 千代田区神田淡路町2-8
03-3251-5511