133.仕事場を抜け出し、大坊珈琲の煙に燻される。これも小さな至福だ

大坊珈琲店

 表参道の交差点近く、青山通りに面した二階に在る「大坊珈琲店」は其処だけ都会の喧噪から隔離された空間だ。昼間でも店内は薄暗いのだが、窓から差し込む光が一層此の店を引き立たせてくれる。
 毎日ご主人の大坊さんが丁寧に豆を手回しで焙煎しており、其の芳香に惹かれて階段を上がって仕舞う。以前、僕の仕事場が表参道に在った頃は、アイディアに行き詰まったり、仕事が捗らない時など、決まって大坊さんの珈琲を飲みに出掛けたものだった。
 反り返ったカウンターの席に着き、店内に流れるジャズにしばし身を委ねボーッとしていると思い掛けず新しい企画のネタが浮かんだりするのだ。ただ、焙煎の煙がしっかりと服に染み付いてるので、仕事場に戻ると「また、大坊珈琲でサボってましたね。」とバレて仕舞うのだった。
 此処のブレンド珈琲は1番から5番まで濃さのヴァリエーションが有る。僕はいつも3番を飲んでいる。適度な苦みが疲れを癒してくれて、萎えた頭が冴えてくるのだ。一杯一杯実に丁寧に時間をかけて珈琲を淹れてくれるのだが、其の姿を眺めているだけでも贅沢で、とても幸せな時間を過ごせるのだ。
 カウンターの上には長年の自家焙煎で煤(すす)焼けした文庫本が沢山並んでいる。ほとんどが池波正太郎かハヤカワミステリーだったろうか、時々棚から一冊取り出して読んで居ると、また時間を忘れて仕舞う。そして、珈琲のお替わりもまた進むのである。
大坊珈琲店 港区南青山3-13-20 2F
03-3403-7155