147.「うますぎて申し訳ないス!」は働く人たちの姿が裏付けていた。

ヨシカミ

 浅草へ出掛けるのが好きである。雷門の正面から入り、仲見世を通り抜け、浅草寺をお詣りしたら、後はもう自由に酒を愉しみに徘徊するのだ。
 六区界隈には旨い牛スジ煮込みをアテに一杯やれる居酒屋が軒を並べている。その日の気分で潜る暖簾を変えてハシゴ酒を試みるのもまた楽しいのだ。また、すき焼き、鰻の蒲焼き、或は天麩羅屋の座敷に上がり、一献つけるのも浅草に遊びに来たと云う実感に浸れるのである。
 普段は立石あたりでもつ焼きを嗜んだ後に浅草まで戻る。先ずは一連のお詣りを澄ましたら、喫茶「アロマ」の珈琲で酔いを冷ます。午後のまったりした時間には、東洋館で若手芸人たちの笑いを拝見し、夕方からまたどっぷりと酒場に舞い戻り永井荷風気取りで過ごす訳である。
 さて、浅草には酒場の他にも素晴らしい店が幾つも在る。中でも多いのは矢張り洋食屋だろうか。荷風先生が通ったアリゾナキッチンやビーフシチューのフジキッチン、大坂屋、ぱいち、リスボン等々素晴らしい老舗が在る。其の中でも僕が一番好きな洋食屋と云えば、「ヨシカミ」だ。お馴染みの「うますぎて申し訳ないス!」のキャッチーなフレーズとポップなコックさんのマークは幼い頃からずっと僕の中の浅草のシンボルになっているのだ。
 僕が生まれた年に此のコピーも生まれたそうだが、それから50年近く名文句に負けない味を提供し続けているのだから大したものだ。ビフテキも此処で初めて味わい、グラタンの未知なる世界も此処で初体験した。
 ヨシカミに来ると必ず厨房前のカウンターに座る。オムライス用のチキンライスを大きなフライパンで一気に作る姿は幼い頃から釘付けになって見ていた。此処は働く人たちの姿が実に素晴らしい。こんなに生き生きと仕事をする光景にお目に掛かれるのは、今では目黒とんきかヨシカミくらいだろうか。
ヨシカミ 台東区浅草1-41-4
03-3841-1802-2946