11.酒好しモツ旨し家族良し。それが縄のれんの愉しみだ。

縄のれんの親爺さん

 フランス料理店等で出されるリードヴォーは、ワインに合い実に美味い。牛の胸腺と膵臓の部位であるが、これが仔牛の物になるとシビレと呼ばれる。このシビレもまた旨い。英語で胸腺をSweet Breadと呼ぶが、スィートブレッドが日本語になり訛ったのがスィブレ、所謂シビレとなったそうだ。ホルモンは、大阪のと場で捨てる(放り投げる)臓物「ほうるもん」だったからホルモンと呼ばれた。 
 これら牛や豚の内蔵を素晴らしく美味しく焼いて提供してくれるもつ焼き屋が恵比寿の駅前に在る。昔は表通りに暖簾を出していたが、駅前の開発に伴い裏露地に店を構えている。その佇まいも実にいい。店名の通り、縄のれんが下がっているのが目印だ。
 ここに来れば、下町に行かずとも旨い「下町ハイボール」が呑める。香ばしい煙が立ちこめる店内は老若男女幅広い客層で毎晩賑わっているのだ。親爺さんが淡々と焼き場で串を焼き、お内儀さんがボールを作り、煮込みや肉刺しを出す。そして、息子が父母をサポートしながら、親爺さんの焼き場をしっかりと受け継ぎ出している。彼の焼く長ネギはとても美味い。
 縄のれんは、牛も豚も有る。旨い所だけを厳選して出してくれる。殊にシビレやギアラ、ミノがべらぼうに旨い。牛刺しもハツ刺しも良し。また、レバステーキ、特大のハラミステーキは何人かで来た時には是非食べてほしいものだ。冷蔵庫から新鮮はハラミ肉の塊を出して来る。大小色々な大きさが有り好きなのを選ばせてくれるのが嬉しい。ハラミは赤身肉だと思っている輩が多いが、これも牛の横隔膜で立派な内蔵肉である。北海道辺りではサガリと呼ばれている部位だ。  
 芝浦、三ノ輪、千住、寺島(今の東向島)、野方、と昔「と場」が在った界隈には今でも美味いもつ焼き屋が軒を並べるが、恵比寿でこれだけ美味いもつ焼きを喰わせる店は無いだろう。もちろんハイボールもだ。焼き場に立つ親爺さんは、注文しても頷くこともなく黙って串を焼いている。最初は戸惑うかも知れないが、どんなに店が混んでいても我々の注文をしっかり聞いていて焼いてくれるのだ。焼き上がるとサッと皿に置いてくれる。もつ焼きは焼きたてが美味いのだから、出されたらすぐ喰うに限る。また、塩、たれと云わなくても親爺さんが一番美味しく出してくれるのも実に嬉しい限り。
 実は永い間、シビレる程に旨いからシビレだとばかり思っていた。これは、実にお恥ずかしい限りである。
もつ焼き 縄のれん 渋谷区恵比寿西1−8−4
03-3496-2919