21. 東十条、埼玉屋。焼き場の大将は、まるで団十郎歌舞伎だ。

埼玉屋

 仕事帰りにちょっと立ち寄って安酒にもつ焼き数本喰って家路に着く。巷のもつ焼きと云えば殆どがこの類いである。ところが、京浜東北線東十条駅を降りて操車場の坂道を下った先に在る「埼玉屋」は、この常識を真っ向から覆してくれる。ここは、提供する素材といい、その味といい、もつ焼き屋と云うよりは、もう立派なビストロだ。じっくり腰を落ち着けて食して欲しい処である。
 大将が毎朝自ら仕入れに行くと云う内蔵類は、新鮮であり、芝の食肉市場との長年の間柄だからこそ手に入る部位だそうだ。その下ごしらえの妙技か、臭みが全くなく、今まで匂いが駄目だった向きにも絶対に「美味い!」と云わせしめる自信が伺えるほど。
 焼き物の前にお内儀さんが必ず勧めるクレソンサラダも絶品。ここからもう下町のビストロは始まっているのだ。シャリシャリに凍らせたゴードー焼酎をジョッキに入れて作る氷無しのホッピーや塩が効いたSNOWスタイルのレモンサワーも素晴らしい。氷が無い分、薄まらず杯を重ねると可成り効いて来るのである。
 焼き物は好きに注文出来るが、兎に角常に忙しい店である。初めは大将に任せるのが一番である。大将の立つ焼き場の廻りをコの字にグルリと囲むカウンターはまるで歌舞伎の「かぶりつき」席である。大将の見事なもつ焼き十番勝負に一々感動しっぱなしになる事、間違いないであろう。さながら、団十郎の歌舞伎だな。 
 さて、肝心のもつ焼きについては実際に味わってもらうに限る。先代からのモノだろうか、壁に飾られた暖簾の風格に思わず背筋が伸びる。鏡の松にもつ焼きの神が宿っているのだろうか。
 ここは、長年培ってきたベテランの技に加え、常に新し味を追求試行している熱心な大将の檜舞台だ。そして、それを支えるお内儀さんと息子さん達も実に素晴らしい。わざわざ、遠くから足を運ぶに値する名店だ。
 最後に一つ気をつけなくてはならないことは、必ず一件目に来ることである。酒を呑んで来た客は有無を云わさず追い返す。この心意気も自信の顕われだ。
埼玉屋 北区東十条2‐5‐12
03-3911-5843