59.江戸東京の和食を味わうならば、迷わず神楽坂の山さきへ。

御料理 山さき

 東京の和食と云えば、本来江戸から伝わる献立を原点とした料理であり、器に映える雅の世界と云うよりは、シンプルで素材の持ち味を活かす方に力を注いでいる料理なのかもしれない。
 川口松太郎久保田万太郎山口瞳と一、二世代前の食通文士たちは銀座松屋裏で今も三代目がかたくなにその味を守る「はち巻き岡田」を贔屓にしていたが、関西割烹の流行から東京の和食料理を出す店がグンと少なくなってしまったのである。
 茶懐石の「辻留」や料亭「菊乃井」も申し分無く素晴らしい和食料理であるが、庶民の味と云う訳では無く、矢張り高級和食の部類になってしまうので、否応無しにハレの日か大事な客人をもてなす時などと限られてしまう。
 神楽坂の毘沙門天前に在る「御料理山さき」は、江戸庶民が愛した江戸料理を気兼ねなく存分に楽しめる和食店である。大塚の江戸料理の名店で修行を積み、5年前に独立した料理人、山崎美香が独りで出来る範囲の仕事に精を出し、実に丁寧な料理を出してくれる。4人席が四卓のみと云うのもその姿勢の顕われだ。
 冬の時期になると、「鴨の巌石鍋」「ねぎま鍋」「よせ鍋」、それに鶉やふぐの鍋も加わる。最初に出されるお通し五品の中に必ず入る玉子焼きはとびきり旨い。修行時代、この玉子焼きが焼けるまでに何年もの歳月を要したと聞く。天然物の味を大切にしており、夏の鮎も美味しい。また四季を通じて鍋料理も味わえる。鰯のつみれ鍋なども素晴らしい。また、ねぎま鍋の〆のご飯では、「汁かけ飯」がこれほど旨いものかと驚かされるばかりだろう。
 「山さき」は今話題のミシュランガイド東京版で星を一つ獲得した。東京が世界に誇る店として、大いに讃えるべきである。ミシュランに対する意見も沢山飛び交っているが、僕はこう云う店に星を与えた事をあえて評価したい。
御料理 山さき 新宿区神楽坂4−2 福屋ビル2F
03-3267-2310