85.辻留の懐石料理でまごころを味わう。

辻留

 「食は上薬」、これは京懐石の名店「辻留」の料理に対する思い入れである。創業は明治三十五年、初代、辻留次郎は裏千家の家元圓能斎宗室から茶懐石を学び、お茶席に料理人が出向いて懐石料理を作る「店を持たない料理屋」を始めた。京都では今もこのスタイルを崩さずに守っている。
 20年前に亡くなられた二代目の辻嘉一は独自の料理哲学を持ち、料理のこころ、季節に応じた匙加減、旬味旬材、器と盛り付けをとても大切に考えていた料理人だ。懐石は本来「茶人の家庭料理」、家庭の味とはこの「懐石の心」を学び、決して料理屋の味を真似てはならない、と説いた。僕は辻嘉一の残した多くの書籍を読み漁った。「料理ごころ」、「大福帳」、「献立帳」等々今でも大切にしている。
 今でも心に残る「おむすび」の話がある。「梅干しの一片を真中に入れ、三角形にむすび黒胡麻を振りかけただけなのに、なぜあんなにも美味しく感じたのだろうか。五十年後にその事を考えたら、子供の安全を祈りつつ、母親が掌(てのひら)に水気と粗塩をつけ、三角形に力強く角度を変えながらむすんでいるうちに、掌のぬくもりで塩がとけ馴染み、実に不思議なウマミが生まれるのであります。」これを読んで以来、僕の中で辻留の料理は「高貴な料理」から「まごころの料理」に変わった。
 今、赤坂には三代目の辻義一さんが料理を作る「辻留」が在る。二十歳の時には北大路魯山人の料理番を努め、修行を重ねた。70歳を過ぎた今でも現役で板場に立ち、料理教室も開いている。
 先日、大切な方々をおもてなしする為に、久しぶりに「辻留」を訪れた。イカで巻いたからすみに始まり、鮃とウド、聖護院大根と合鴨の炊き合わせ、サワラの味噌焼き、揚げ出し湯葉と躯に優しい料理で皆を和ませてくれた。程よく酒も進み、〆の貝柱ご飯と赤だしで、三代に渡る「辻留」のまごころを堪能した。
辻留 港区赤坂1-5-8 虎屋第二ビルB1
03-3403-3984