131.深酒した翌日は、神田まつやのカレー南ばんで頭を醒ます。

神田まつや

 蕎麦が大衆食として全国的に定着してきた昭和38年、此処「神田まつや」は其れまでの機械製麺を取り止め、全て手打ちに切り替えた。明治17年の創業から数えて六代目に当たるのだろうか、大旦那の小高登志さんは神田薮、神田錦町更科、上野蓮玉庵の先代たちにそば打ちの技術を学び、今の神田まつやを不動の名店にまで育て上げた。其の名の通り、志を持って険しく小高い山を登り上げた甲斐有っての事だろう。今では、其の伝統の味をご子息の孝之さんが受け継いで若旦那として蕎麦を打っている。
 僕は此処の土産用の生そばをお遣いに使う事が多い。此のそばの箱には粋な江戸の蕎麦屋の図案が描かれている。此れは神田まつやをこよなく愛した作家の池波正太郎が描いた挿絵だ。池波さんは蕎麦屋で酒を嗜むのが大変好きだったが、此処でもきっとわさびかまぼこやにしん棒煮、焼き鳥などを肴に酒を愉しみ、そして〆にそばを喰ったのだろう。
 細く腰の強い手打ちの蕎麦は適度な歯応えで、喉越しも良い。東京下町ならではの少し濃い目の麺つゆが此の蕎麦に絶妙に絡む。山葵は使わず、刻んだ長ねぎを薬味に戴くのだ。もりそばの量も少なすぎず実に素晴らしい。
 また、巷の「高級蕎麦店」には無い大衆的な品書きが豊富に揃っている所も此処ならではの魅力だ。親子丼、かき揚げ天丼なんてのも有る。其の中でも池波正太郎が大好きだったと言うカレー南ばんは本当に美味い。汗をかきながら最後の一滴まで飲んでしまうほど此処の出汁で作るカレーつゆは辛いが旨い。
 深酒が過ぎた翌日は此のカレー南ばんで汗を出し、もりそばでシャキっとする。此れが僕のカンフル剤なのである。
神田まつや 千代田区神田須田町1-13
03-3251-1556